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第3回 メディエーションという紛争解決方法

日本企業がベトナムに進出すれば、たくさんのベトナム企業と取引をすることになります。ベトナムの企業から材料や商品、サービスを仕入れたり、調達されることも多いでしょうし、逆にベトナム企業に製品やサービスを提供することもあるでしょう。ベトナム企業と提携をしたり、ベトナム企業に出資をしたりして、共同事業を行ったり、ベトナムでのマーケット展開を進めることも多くあります。そういう中で、取引先が納期に商品を納めなかったり、代金をきちんと支払わなかったり、商品やサービスのクオリティに欠陥があったり、業務提携上の約束を果たさなかったりなど様々な問題や紛争が発生することがあります。そうした場合にどういう形で解決を目指すことができるかというが今回のお話しです。

ベトナムの人々や企業では。一般に、何らかの取引をするときには契約書を作成・締結することを重視する傾向が強いです。もちろんビジネス取引ですから価格、商品・サービスの内容、納期、代金の支払いなどについては、契約書がなくても見積や発注などを通じて確認をするのは当然ですが、ベトナムの企業はほぼどういう場面でも書面としての契約書を交わすことを重視する傾向があるようです。契約の存在を示す証拠として固い価値を有する書面としての契約書は、曖昧な契約で行った約束が守られなかったり、破られたりする場合に大きな意味を持つと考えているようです。口約束だけでは安心できないということだと思います。口頭での約束や、人的な信用関係だけに頼ることになかなか安心できない、裏切りや不誠実な対応を受けたときにどうしようもなくなるといった彼らの経験則が契約書を常に要求する姿勢につながっているのではないかと思います。

とはいいながら、契約はきちんと結んだものの、契約に違反されるケースはたくさんあります。その場合、メールやレターなどで自らの主張や要求を通知する会社は多いでしょう。でも、相手方は自らの主張と論拠を述べてくる。双方が、自らの主張のみを言い合う場面がやってきます。金銭の支払いや経済的損害が主な絡むことが多いビジネス上の紛争では、要求した金銭を払うかどうか、被った経済的な損害を弁償するかどうか、といった争いになりますし、契約書の文言がいくつかの内容で解釈することが可能な場合には、双方がそれぞれに信じる事柄を述べ続けることが多く、自分が勝つか相手が負けるかのどちらかしかないような争いが続いていくことになります。

そんな時、ベトナムの裁判所に訴えることは、現状ではかなりのためらいを覚えざるをえません。まず、 ベトナムの裁判所で裁判をするには時間がかかります。訴訟を提起してからその訴えが受理されるまでに平均で50日、審理に200日、判決の執行に150日かかります(世界銀行の2017年調査)。また、訴訟にかかるコストが比較的高いと言えます。弁護士費用、裁判費用その他公的な費用としては請求額のおよそ29%程度がかかります(同上)。その内、裁判所に正式に払う費用は請求額の5%程度とされていますが、実際にはそれに加えて、裁判官に対して個別的に謝礼を払う場合が少なくなくあり、回収額の3割前後、もしくはそれ以上を裁判官に支払う例があるとされています(同上)。こうした点は、裁判費用が高いということ以前に、裁判官の中立、公正というような裁判所という制度に対する根本的な信頼に関わります。事件の性質によっては、裁判官が共産党組織や上級裁判官の意見を聞いたり、そうしたところが指示が下りる場合もあるとされます。また、専門性が必ずしも十分でないことがあり、外部の専門家からの意見に依存することもあります。もっとも、外国企業が訴訟の当事者になる場合には、裁判所もさすがに慎重に構えますし、いい意味で訴訟に精通したベトナムの弁護士とチームを組むことによって裁判で努力することに意味を持たせることも可能と言えば可能です。しかし、いずれにせよ、現状では、裁判所の敷居は高いと言わざるを得ません。

裁判所による裁判以外に、仲裁人による仲裁判断を得る方法があります。仲裁とは、第三者(仲裁人)が判断を行い、当事者はその判断結果に従わなければならないとする制度です。仲裁のメリットは裁判所による裁判によらずに債務名義を得ることができることです。また、裁判所による判決については、例えば、Aという国の裁判所で判決を得たとしても、その判決をもとに、Bという国の執行機関による執行を受けるためには、外国裁判所による判決に対する承認を得なければならないという手続きが必要です。一方、仲裁に関して、ベトナムは、外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約(ニューヨーク条約)に加盟しており、当該条約に加盟している他の国の裁判所においてその仲裁判断をそのまま執行することができます。ベトナムにおいては、2010年に商事仲裁法が制定され、これまでに14の仲裁センターがベトナム国内に開設されています。このように、裁判所での裁判ではなく、仲裁という手段で紛争解決を目指すことも可能です。もっとも、仲裁も裁判所による裁判と同じく、法と証拠に基づいて判断されます。そのため、手続が厳格に定められており、仲裁廷での手続にも一定以上の時間が必要とされますし、弁護士等の代理人の役割も大きく、そこに一定以上の費用がかかることになります。裁判所による判決、仲裁廷による仲裁判断は、裁判官や仲裁人による権限に基づく法的判断であり、当事者らは結果がどうであれ基本的にその判断に拘束されます。法と証拠による判断であるため、勝訴と敗訴がはっきり判断されることになります。

勝者と敗者がはっきり分かれることは、正義が貫かれたと解することができるという点ではいいことだと言えますが、お互いのその後の関係がうまくいかなくなることも多くあります。その後お互いがビジネス等の関係で継続的な取引をすることが本来的には望ましい場合もありますし、当事者もできればその後もビジネス関係を継続できればいいと心の中では願っている場合もあります。ビジネス上の利益といっても、直接認識できる請求額や損害額の回収に留まらず、目下の案件について納期や進捗度を確保することの方が重要であるかもしれません。また、紛争が生じている理由も単に担当者同士のボタンの掛け違いや誤解が感情的なレベルでのいさかいに発展していることもあります。このように、法的な議論や結論が重視されすぎることにより、根本的な問題が解決されない場合が出てきます。こうした中で注目されているのがメディエーション(和解、調停)という紛争解決方法です。メディエーションとは、だれが勝ち、負けるかということや、どちらが正しい、間違っているといったいう風にゼロサム思考ではなく、当事者がともに満足できるような解決策を見出すための手段です。メディエーションでは、当事者が互いに対話をすることにより、当事者が相手との関係で何を改善すべきか、どういう視点を重視すべきかということを当事者自らが考え、克服すべきことがあれば克服し、何か長期的、総合的な利益や満足を満たすのかという観点から、当事者相互の関係を構築する努力を支援するプロセスです。そうしたプロセスを補助、支援するのがメディエーターの役割です。メディエーターは、当事者双方が納得いくような実際的な解決策を目指し、当事者間の対話や理解、認識の変化、調整を支援する役割を担います。ここで、メディエーターは、裁判官や仲裁人と異なり、何らの結論を示すことはしません。あくまで中立の立場に立って、当事者が自己決定をできるように促す作業を行うことになります。

このようなメディエーションは、時間やコストの節約にもつながる場合が多いです。裁判や仲裁のような厳格な手続に従う必要はありませんし、裁判官、仲裁人、代理人たる弁護士が証拠や法を子細に至るまで検討することは必ずしも必要ではありません。また、裁判や仲裁に比べて比較的短時間で終了することも多いです。ベトナムでのビジネスでは様々なもめごとや紛争が発生しているようですが、そうした紛争が解決される棚ざらしになっている例もこれも多いようです。こうした紛争やもめごとをできるだけ当事者の満足できる形で解決する方法として考えられているメディエーションを活用されてみてはいかがでしょうか。
ベトナムでは、2017に商事メディエーション法が制定され、これまでにいくつかのメディエーションセンターがベトナムに開設されています。中でも、最近ベトナム国際商事メディエーションセンター(VICMC)が設立されました。私もこのベトナム国際商事メディエーションセンターのメディエーターとして任命されました。日本企業がベトナムで紛争に直面された場合の解決方法としてメディエーションを活用していただけるよう、様々な活動をしていきたいと思っています。

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