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2022年10月 活動報告

10月に入り、ようやく秋の気配を感じる季節となりました。季節の変わり目、会員各位のご健勝をお祈りいたします。
 2月24日に始まったロシアのウクライナへの侵攻は、7か月が経過した現在も長期化の様相を呈しています。この間、国連はじめ各国によるロシアへの非難が高まる中、ベトナムは当初よりロシア擁護の立場を維持しています。
 この背景などについて、我が国の防衛省防衛研究所の論文が公開されておりますので、少し長文になりますがご紹介したいと思います。


ベトナムとロシア――ウクライナ情勢から浮かび上がる関係性
地域研究部アジア・アフリカ研究室長 庄司 智孝

2022年2月、ロシアはウクライナに軍事侵攻を開始し、以来ロシアは国際的な非難を浴び続けている。日米欧他はロシアへの経済制裁を強化し、国連では対露非難決議が採択された。一方、ロシアを支持、あるいはロシアへの理解を示す国も少なくない。その1つがベトナムである。ベトナムは、国際場裏でロシアに対する支持をあからさまに表明しないまでも、対露非難や制裁に加わることはない。その理由は、ベトナムとロシアの独自の関係性にある。  
本小論は、ベトナムとロシアのこれまでの関係について、主としてベトナム側の視点から振り返ると同時に、ウクライナ情勢の急激な悪化によって、ベトナムの対露姿勢が揺らぐ様子を考察する。

ウクライナ情勢への反応――対露非難を回避
ロシアのウクライナ侵攻に対するベトナムの反応は、きわめて抑制的であり、かつロシアに対する非難を徹底的に回避するものであった。例えば、侵攻開始直後、ベトナム外務省報道官は、緊迫するウクライナ情勢に対するベトナムの反応として、「ウクライナにおける武力衝突の状況に対して深く懸念している」と述べた。また、関係各国は自制し、国連憲章や国際法の基本原則を遵守し、武力を行使せず、民間人を保護し、平和的解決を探る対話を継続するよう呼びかけた。ベトナムはここで、ロシアを名指しせず、ましてや武力攻撃によるウクライナの主権侵害を非難することはなかった。国連での投票行動に際しても、ベトナムはロシアを擁護する姿勢を示した。
2022年3月2日、国連の緊急特別総会が開催され、ロシアのウクライナ侵攻に対する非難決議の採択が行われたが、採択の賛否をめぐる投票で、ベトナムは棄権した。また、4月7日の総会において、ロシアの国連人権委員会参加資格停止に関する決議が採択されたが、ベトナムは反対票を投じた。投票にあたり、ベトナムの国連大使は反対の理由を説明した。その理由とは、国際機関によるあらゆる議論や決定は、当事者の協力と関係国間の協議を伴い、確認され、透明性ある情報に基づかねばならない、というものであった。

対露関係――その歴史的経緯
ベトナムがロシアに強い配慮を示すのには、歴史的な経緯がある。ロシアは、冷戦期のソ連以来、ベトナムにとって最も重要な国の一つであった。ベトナムが、第 1 次インドシナ戦争、次いでベトナム戦争と長期の独立統一戦争を戦った冷戦期、ソ連は社会主義陣営の盟主として、ベトナム人共産主義者のイデオロギーの源泉であった。また、特にベトナム戦争期、ソ連は(北)ベトナムに対して大規模な軍事、経済、食糧支援を実施したが、こうしたソ連の支援は、(北)ベトナムの戦争遂行に不可欠であった。
ベトナム戦争後、今度はベトナムによるカンボジア侵攻とそれに続く中越戦争を契機として、ベトナムは国際社会で孤立したが、そのときにもソ連はベトナムと同盟関係を維持し、軍事的・経済的支援を続けた。ベトナムはこうしたソ連時代の支援に対し、いまだに「恩義」を感じている。またこの時期、多くのベトナム人がソ連に留学し、彼らは現在、ベトナムの政治、軍、学術関係機関の中枢を占めている。
このような経緯により、ベトナム人の多くは今でもロシアに強い親近感を抱いている。ロシアにとっても、ベトナムは東南アジアにおける長年の友好国である。特に、1979年から2002年にかけて、ベトナム、そして南シナ海の戦略的要衝であるカムラン湾にソ連(とその後のロシア)の海軍基地が置かれ、ベトナムはソ連・ロシアの東南アジアでの戦略拠点を提供してきた。また後述するように、ベトナムはロシアの兵器ビジネスの「得意客」でもあった。

ロシアの軍事的重要性
冷戦後も、ベトナムはロシアと友好的な関係を維持してきた。2001年には、両国間で戦略パートナーシップが締結され、その関係は早くも2012年には包括的戦略パートナーシップに格上げされた。ロシアは現在、中国、インドと並び、ベトナムと包括的戦略パートナーシップにある国として、ベトナムにとって最も重要な2国間関係の一つに位置付けられている。
歴史的経緯、そして歴史に基づく親近感に加え、ロシアはベトナムにとって軍事面で実際上の重要性を有する。ロシアは、ベトナムに対する最大の装備供給国である。一方ベトナムは、ロシアの装備輸出先として世界第5位、東南アジアでは第1位というロシア兵器ビジネスの「得意客」であり、過去30 年間にベトナムが輸入した装備の総額の8割以上をロシア製が占める。特に、近代化を進めるベトナム人民軍の大型装備はほぼすべてロシア製であり、ベトナムはロシアからゲパルト級フリゲート艦4隻、キロ級潜水艦6隻、スホーイ戦闘機36機を調達したほか、バスティオン移動式沿岸防衛ミサイルシステム2台を導入した。
こうした取り組みは、南シナ海問題を念頭に置いた海上防衛能力強化の一環である。通例、装備の供給元とは、配備後もメンテナンスや訓練面での協力が欠かせない。ベトナムも例外ではなく、ロシアは、海軍を中心とするベトナム人民軍の訓練や、ベトナムがロシアから調達した装備のメンテナンスや 修理を行ってきた。また、カムラン湾のベトナム海軍基地の整備開発に際し、訓練・兵站施設の建設にロシアは関与した。さらにベトナムは、ロシアから技術提供を受けてコルベット艦や監視船を建造するなど、自国の国防産業の発展にロシアから支援を受けてきた。2021年12月にモスクワで行われた国防相会談では、軍事技術の協力に関する協定が署名され、両国は技術協力の継続と強化を確認していた。
またロシアは、ベトナムのエネルギー分野でも重要な役割を果たしている。両国の包括的戦略パートナーシップにおいて、同分野での協力は優先課題の1つである。具体的には、発電所の建設、液化天然ガスの供給、再生エ ネルギーの活用、エンジン用燃料の生産でロシアがベトナムを支援し、各種プロジェクトに国営石油会社ペトロベトナムとザルベジネフト、ガスプロム、ノバテク、ロザトムといったロシアのエネルギー関連企業が参画する。これに関連し、両国は原子力の平和利用でも協力を強化するとしており、ロシアの支援を受け、ベトナムに原子力科学工業研究所を建設する計画が進められているほか、専門家の育成のため、ロシアの大学へベトナム人学生が留学するプログラムが実施されている。ベトナムの原子力発電発展計画において、ロシアは優先的な協力パートナーとなっている。

表出する矛盾
こうして、ベトナムはロシアとの歴史的な友好協力関係を長年維持してきた。しかし近年、ベトナムに対露関係の再考を迫る様々な矛盾が生じている。 第一に、米中露の大国間関係と南シナ海問題である。ウクライナ侵攻の前から、米中対立の激化と米露間の緊張の高まりを主要因として、ロシアは中国との関係をきわめて重視するようになった。ロシアにとってベトナムとの関係も重要ではあるが、対中関係の重要性とは比べるべくもない。このため、南シナ海をめぐるベトナムと中国の争いに関し、ロシアはベトナム支持を明確にすることはない。
さらに、2016年9月にロシアと中国が南シナ海で共同演習を実施したことも、ベトナムには衝撃であった。南シナ海問題を原因として、ベトナムのロシアに対する政治的な信頼は低下しつつあり、むしろこの問題で協力を深める米国との関係の重要性が高まっている。今回、ロシアがウクライナ領内のロシア人の保護を口実として侵攻を開始したことは、1979年に中国がベトナムに居住する華人の保護を名目にベトナム領内に侵攻した中越戦争や、中国が「歴史的権利」を主張する南シナ海問題を想起させるものであり、そこでは中国とロシアの姿が重なり合う。
第二に、2014年のクリミア紛争である。ロシアのクリミア併合によって、ウクライナとロシアが決定的な対立状態に陥った後、ベトナムはロシア製装備の調達に支障を来すようになった。具体的には、ベトナムが調達を予定していたフリゲート艦の動力部分はウクライナ製であり、ロシアがそれを調達することが不可能になった。そのためベトナムはウクライナに直接掛け合い、何とかフリゲート艦の建造と納入にこぎつけたが、以後、ベトナムはリスク回避策として、ロシア以外の調達先を積極的に開拓するようになった。
今回のウクライナ侵攻を受け、対露経済制裁、特にロシアのスウィフトからの排除によって支払いが困難になり、国際社会における評判の観点からも、ベトナムは一層の「脱ロシア化」を求められている。しかし、現に配備されているロシア製装備との相互運用性、ベトナムにとっての適正な調達価格、そしてロシア留学経験者が多くを占める人民軍幹部の意向もあり、対露依存は容易に解消できるものではない。
第三に、今回のロシアによるウクライナの主権侵害である。ベトナムには、第一次インドシナ戦争やベトナム戦争で米仏といった大国に国土を蹂躙された歴史がある。また、ソンミ村の虐殺、枯葉剤等、戦争における民間人の被害の歴史的記憶も強く残っている。自らの経験に鑑み、主権と領土の一体性、国際法の尊重を強く求める姿勢は国是であり、今回の事態ではまさにウクライナを擁護し、ロシアを非難すべき立場にある。ベトナムはいわば、倫理的・道徳的な矛盾に直面しているといえよう。実は、ベトナムはウクライナとも包括的パートナーシップという浅からぬ関係にある。旧ソ連東欧社会主義国とベトナムは歴史的につながりが深く、ウクライナもベトナムにとってまた重要な国である。

分裂する世論
ロシアのウクライナ侵攻に関して、ベトナムの世論は分裂している。ベトナムは、共産党一党独裁の権威主義体制国家であり、主要メディアは国家の管理下にある。そのため、共産党機関紙をはじめとする各紙やニュースは、政府の見解を反映し、直接的な対露非難を避けている。ただ、フェイスブック等SNSでは政治的な議論は一定程度容認されている。SNSの言説空間内では、ロシア非難と擁護の意見が入り乱れている。
ロシアを非難する意見は、大国に蹂躙されてきたベトナムの歴史に鑑みてウクライナに共感し、またロシアのウクライナ侵攻を容認することは、南シナ海における中国の大胆な行動の容認につながりかねない、と主張する。一方、ロシア擁護の意見も根強い。ロシアへの伝統的な親近感、反米思想、そしてプーチン大統領をストロングマンとして崇める風潮などが、ロシア支持の言説を支えている。ネットにおけるベトナム世論の分裂状況はいみじくも、法の支配に基づく国際秩序、ロシアとの伝統的な友好協力関係、南シナ海におけるベトナムの領有権(の主張)といった、ベトナムの様々な国益をめぐる優先順位の錯綜を反映している。そしてベトナムの政治指導部は、ロシアに対する非難がベトナム政府への批判に転化する事態を恐れている。

展望
ベトナムは、ロシアのウクライナ侵攻そのものについては言葉を濁しているが、大国の力による一方的な現状変更については、自らの立ち位置をそれなりに明確に表明している。例えば、2022年5月にハノイで行われた日越首脳会談後の共同記者会見において、ファム・ミン・チン首相は、「国際法と国連憲章の基本原則、特に各国の独立・主権・領土の一体性の尊重、国際関係において武力による威嚇や武力の使用を行わないといった諸原則の尊重を確認する」と述べ、きわめて間接的にではあるが、ロシアの武力侵攻を否定した。
またチン首相は、同月に米ASEAN特別首脳会議に出席した際、ワシントンの戦略国際問題研究所(CSIS)で講演を行ったが、その際にも同様の発言を繰り返した。ベトナムの国益のプライオリティと対外関係の方向性は、錯綜しつつも徐々に整理されてきているように思われる。その方向性とは、南シナ海問題への対応に向け、米国やその他の関係国との協力を、漸進的にではあるが進展させる、というものであろう。そのためベトナムにとって、ロシアのプライオリティは、中長期的には低下の趨勢にある。こうした実際上の問題に加え、伝統的な親露感情という課題についても、世代交代がこれ を解決していくであろう。

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